違和感の裏側には、自分の想いや願いの強さがある?

 

こんにちは、株式会社KEY ROLE 兼吉です。

 

先日、「対話」の勉強会に参加してきました。
昨年冬から自分の中で「対話」がキーワード
になっているのですが、まだまだ
「対話」とはこういうこと、
という説明はできません。
その時々感じたことを、この場に出して
共有していきたいと思います。

 

「対話」しているときに違和感を持つことがある、
という話題が出ました。

 

私の中で「対話」は、透明な印象です。
言葉自体に、良い、悪いはなく
そこに人の価値観が入り、良し・悪しに
なっていく(色がついていく)様に最近
感じています。

人の話をそのまま、ただ受け止める、のならば
そこに違和感はないのかも知れません。

 

でも、違和感がないことにしたくはない
という意見もあります。
無かったことにせずに、違和感を大切にしたい
ということです。
私も、違和感は持ちますし、
何かモヤモヤするな、ざわつくな、という
感じを受けます。

 

これは、とても大切なことだと思います。
これまで違和感から、気づきを得て
より良いものが生まれて、進歩してきた
多くの過程があるからです。

ある人が、「違和感」を持つと言うことは、
その裏側に、自分の中にポジティブな想い・願い
があるからではないかと、言いました。

ある意見に対して「自分はこう思う」
という強い思い・願いがあるからこそ、
それが認められないときのネガティブな思い
(嫉妬、怒り、不満、悲しみなど)が
違和感になるのではないかと。

 

これは、私にとって大きな気づきになりました。

自分とは違う考え、意見に対して、
自分の方が正しい、普通はこうだよね、
とか思いがちです。
相手を認めずに、そう考える方が
自分にとっては楽かも知れません。

 

でも、そんな時に、
「そういう意見もあるよね。」
「そう考えるんだ」
「自分とはこういう観点で違うんだ」
と思うことで、様々な角度から意見を
捉えられるようになり、視野が広がります。

そのことが、自分への矢印になり、
「なぜ自分は違和感を持ったのか」
「何に対して、こだわっていたのだろう」と
学び・気づきに繋がる様に感じました。
結局すべては、自分次第なのかなと。

日常、人と接する中で、
胸がチクっとしたり、むかついたり、
ざわついたり、悲しくなったりしても
自分の中にある強い想いや願いと違う
意見・対応と言うことだな、と思うと、
反応的にならずに、対話者との
価値観の違いを受け止められ、
自分の気づきに繋げ、他者を責めることなく
自分事にすることができるように思います。

 

いま、職場で誰かと衝突していたり、
人間関係で悩んでいたり、
取引先の人を好きになれなかったら、
この「違和感」の話を想い出して頂き
少しでも、気持ちが楽になっていただけたら
嬉しいです。

あなたのしあわせとチャレンジをいつも応援しています。

あなたならではの「ROLE(役割)」をみつけることが
輝く人生のトビラを開く「KEY(カギ)」になる